デジタル作品の情熱 |
2006/1/29 |
最近なにかとへこむことの多い僕を案じて、匿名のメールが届きました。内容は
T-T)つ[TECH win初期の頃の情熱]
というもので、つい昔を懐かしんでしまいました(笑)。これについては、以前にもちょっとネタにしたことがありますね。
今でも何かに対する情熱がないわけではありませんが、あの頃は確かに燃えてましたな。毎月100時間くらい残業する職場で、帰宅してから毎日数時間、デジタルムービーをしこしこ作っていたわけですが、なにしろ手間がかかるので、盆も正月もそれにかかりっきりでした。しかも、それだけのために当時20万円くらいのハンディカムまで買っちゃって、最初からコンテストに優勝することを目標としていたのです。
そもそものきっかけは、なにかの投稿かアンケートの回答か忘れましたが、簡単な動画を入れたフロッピーを同封して、アイアンマンの担当者に励ましのお手紙を送ったことから始まります。しばらくして向こうから電話がかかってきました。いわく、送られたフロッピーに入ってる動画を投稿作品として掲載したいとのこと。そんなフロッピーの中身までいちいち確認していることに驚くと同時に、うれしく思いました。しかし、フロッピーに入るような動画ですからね、クオリティなんてありません。積み木というかおでんというか、幾何学的な立体を組み合わせて目鼻を書き込み、「女の子がガーンとなる」だけの動画で、尺はたったの1秒です。なんじゃそりゃあ!?
つい「あんなんでいいんですか?」と聞き返したら、担当の吉田せめんと氏(のちにデスク)も一瞬詰まった後、「動画の投稿が少ないんですよ」と苦笑。そりゃそうだ。今ならともかく、あの頃の水準でいうと、動画の作成は手間もお金もかかりましたからねー。
もちろん僕としては載せてもらえるなら嬉しいに決まってます。そして、このことが80秒程度の短編「機甲鉄人ダイ」を作るきっかけとなったのです。たかがフロッピーの中に入っていた動画まで見てくれて、しかも原稿料までもらったわけですから、ただ単に「ラッキー♪」では吉田せめんとにすまない。編集者の心意気にクリエイターとして応えてやろうではないか! …とまあ、思ったわけですよ(笑)。
もうひとつの理由として、他の動画作品があまりにお粗末だったから、というのもあります。テックウィン誌の「デジタルアイアンマン」というコーナーは、デジタルなクリエイターを発掘するという企画だったわけですが、動画部門の応募作のレベルが低いことに、当時の僕は憤慨していました。モデリングされた空間を視点(カメラ)が移動するだけの動画なんて、手抜きにもほどがある。あえて言おう、カスであると!
しかし、全体としては非常に面白い雑誌だったし、アイアンマンのコーナーも毎月楽しみにしていました。こおろぎさとみの歌にも勇気付けられて(笑)、無謀ともいえるムービー制作に手を出したわけです。
機材からして高価でした。ハンディカムを筆頭に、キャプチャーボード、タブレット、ロイヤリティフリーの効果音CD、3Dモデリングソフト、動画編集ソフト、地形描画ソフト。すべてをそれだけのために買ったわけではありませんが、その当時はどれも高額商品だったので、相当な初期投資になりました。しかも、連載しているつもりになって毎月数十秒ずつ作っては投稿していたので、使っているパソコンが壊れたときは、修理のための2週間が待てなくてもう1台買っちゃったし。毎月の原稿料とコンテストの優勝賞金がなければ、えらい目にあっていたところです。結果的には、総額で70万円近い金額を手にできたので、儲かりました(笑)。
コンテスト優勝後、吉田せめんとから連載の打診がありました。今思えば、あれは重大な岐路だった気がします。もし連載を受けていれば、その後の僕の人生は大きく変わっていたかもしれません。しかし、優勝してしまったために目標(手抜きの駄作を蹴散らす)を失い、動画を作ることにも疲れ、本業が多忙であることを理由に、あっさり断ってしまったのです。もったいない。人の一生の間に、幸運の女神は3度まで微笑むともいいます。僕の人生にとって、これはたぶん2度目の幸運だったと思いますが、自分から振ってしまいました。そして、その後ろ髪はもう掴めないのです。
しかし、当時はそんなこと考えもせず、今度はソフトウェア開発言語(Visual Basic)のなんとプロフェショナルエディション(8万円くらい?)を買っちゃって、職場で使うためのツールを作り始めたのでした。当然、費用は自腹で、残業で疲れて帰宅してから数ヶ月がかりで完成させました。ようやるわ。
出来上がったソフトは、ある部署の能率を100%向上させる、つまり同じことを半分の時間で達成できるという劇的な効果を挙げました。自分でもビックリ。しかし、現場の上長に理解されず、半年以上お蔵入り。それですっかりやる気がなくなって、しばらくして退職することに決めました。半年後にそのソフトの存在が社内で注目され、それをたたき台にして同種のシステムを正式に開発することになったのですが、僕はもう辞める気でいたし、開発の担当者でもなかったので、そのままフェードアウトです。僕という人間は、うまく使ってもらえたら集中力を発揮してよく働くことができるのですが、その気がないとてんでダメなことが、このとき分かりました。職人気質なんですかね?
あの頃は楽しかった。毎日残業で死にそうだったけど、使う暇がないから安月給でもお金貯まったし、アニメもいっぱい見れたし、パソコンのゲームや機材は欲しければ即買いだったし、バイクでツーリングしたり、アニメ声優のイベントを見るために大阪まで行ったり。しかし、彼女はいなかったかな? 彼女とパソコンは両立できないんですよね、僕の場合。彼女いると、パソコンで遊ぶよりそっち行っちゃうから。←ぬるい、ぬるすぎるよ!
当サイトに結末があるとすれば、僕に彼女ができるか、僕が死ぬときでしょう。そういうわけなので、当分は安泰です。皆さん、今後ともよろしく(T_T)。
今見るとあまりに稚拙ですが、興味のある方はどうぞ。当時はこれでも、アマチュア作品としては上出来の部類だったんです。