童話・ツバメになったハト

2006/4/21

 ある4月の夕方、橋の欄干(手すり)に二羽のハトが並んでとまっていました。デーデとポッポです。デーデとポッポが川面を見おろすと、たくさんのツバメが水面を滑るように飛んでいます。餌となる虫を捕っているのか巣の材料となる泥をすくっているのか、動きが速すぎてよく分かりません。デーデとポッポは、目をぱちくりしたり首をかしげたりして、ツバメたちが舞う姿を目で追いかけていました。

ツバメになったハト

「ツバメはいいなあ」

 そうぼやいたのは、白地にゴマ塩のような模様(自分では豹柄だといっています)のデーデです。

「どうしてポ?」

 そう聞き返したのは真っ白な羽根をしたポッポです。

「ツバメは遠くまで旅ができていいポ」
「橋の下で暮らすほうが楽だポ」

 このあたりのハトたちは、橋の下の鉄骨の隙間を寝ぐらにしていました。もちろんデーデとポッポもです。

「晴れの日は屋根の上でひなたぼっこ、雨の日は橋の下で雨宿り。野バトの生活は、晴耕雨読でヘルシーだポ」

 ポッポは川原に落ちている雑誌を見つけては読んでいるので、とても物知りです。

 デーデはツバメから目を離さず、またぼやきます。

「ツバメは速く飛べるからかっこいいポ」

 ポッポは少し考えてから、また聞き返しました。

「…ハトはかっこよくないポ?」
「ツバメはかっこいいから、新幹線の名前になるポ。ハトっていう新幹線はないポ」
「…ああー、JR九州のあれポ」
「年下の彼をツバメというけど、ハトとはいわないポ。ハトだってお姉さまに可愛がられたいポ」
「そ、それは…」
「プロ野球にもスワローズはあっても、ハトのチームはないポ。だいたい英語でハトってどういうポ?」

 それはポッポにも分かりませんでした。でも、別なことを思い出しました。

「観光バスならハトバスがあるポ」
「ツバメのマークの観光バスもあるから、ハトバスはポイントにならないポ」

 デーデの追及にポッポは困ってしまいました。

ツバメになったハト

「でもでも、ハトは人間に愛されてるポ」
「ツバメのほうが人気あるポ」
「ど、どうしてポ?」

 ポッポは目を白黒させました。「平和の使者」よりも人気がある!? それは愛!? それとも自由!?

「ツバメは軒下に巣を作っても追い払われたりしないポ。玄関にフンしまくりでも、人間が喜んで始末してくれるのは、野鳥界ではツバメだけポ」
「い、いわれてみれば」

 それからデーデとポッポは「ハトにあってツバメにないもの」を探して話し合いましたが、結局なにも思いつかず、見つかりませんでした。

「ハトにあってツバメにないもの…」

 考え込むポッポをよそに、デーデは首を振りました。

「ハトはだめポ」

 デーデのため息に、ポッポは少し悲しくなりました。でも、そんな気持ちはデーデの言葉ですぐに吹き飛びました。

「だからデーデはツバメになるポ!」
「ポアアア!?」

 ポッポはびっくりしてひっくり返りました。

「ツバメになって電車より速く飛んで南の島に行くポ! ツバメライフを満喫するポ!」
「でも、ハトがツバメになるのは大変だポ」
「クロちゃんに聞くポ」

 クロちゃんというのは元カラスの黒ネコです。カラスは女の子にモテないので、それだけの理由でネコになったというつわものです。ノラになる前はどこぞのお屋敷でお嬢様に飼われていたそうで、「オレがお屋敷にいた頃は〜」が口癖の変なネコですが、「オレは人間と同じものしか食わねー。小汚いスズメやハトなんか食うか」と豪語し、このあたりのスズメやハトからは一目置かれていました。クロちゃんなら経験者だし、聞けば教えてくれるに違いません。

「よっしゃ、クロちゃんとこに行くデ!」

 デーデの語尾に、やっとデが付きました。関西弁のようですが、ちょっと変です。

 デーデとポッポは欄干から舞い上がり、川の向こうを目指して羽ばたきました。この時間なら、クロちゃんはいつものところにいるはずです。


ツバメになったハト

 クロちゃんは夕方になると女子高の通学路にやってきて、下校途中の女子高生にモフモフされるのが日課でした。まさに至福のひととき。デーデとポッポが舞い降りると、ちょうど女子高生の一団がクロちゃんをさんざんモフって立ち去るところでした。

「相変わらずブイブイいわしてるポ」

 そう呼びかけたのはデーデです。

「今年の新入生は可愛い子が揃ってるニャは〜」

 恍惚の表情でクロちゃんは去年と同じことをいいます。

「実はクロちゃんに教えてほしくて来たポ」

 ポッポが話を続けます。

「ニャにを?」

 クロちゃんは起き上って、ペロペロと毛並みを整えながら聞き返しました。デーデはピョンと一歩前に出て、力強くいいます。

「デーデはツバメになりたいポ!」
「…!!」

 クロちゃんは顔を洗うのをやめて、デーデの顔をじっと見つめました。

「…おめぇさんがツバメに?」
「どうしたらハトがツバメになれるポ? 知ってたら教えてあげてポ」

 ポッポは何度も頭を下げて頼みました。

「フゥゥゥゥゥ…そりゃア、オレも元はカラスだからな。ツバメになりたいって気持ちは分からなくもねぇが」

 と、クロちゃんは遠い目をしていいます。

「ハトがツバメになろうってんだ。カラスが黒ネコになるのとは訳が違うぜ。覚悟はいいのか、デーデ?」
「デーデはマジポ!」

 間髪を入れず、デーデが鳩胸をそらして答えます。どうやらクロちゃんの話によると、カラス→黒ネコよりハト→ツバメのほうが難しいようです。どのへんに基準があるのか、ポッポには分かりませんでした。

(もっと勉強するポ…)

 勉強熱心なポッポは、どこかの川原にイミダスとか広辞苑とか落ちてないかなあ、と考えました。

「よし、分かった! オレが必ず、おまえさんを立派なツバメにしてやろうじゃないか!」
「ありがとうございますポ!」
「あ、ありがとうございますポ!」

 あわててポッポもおじぎしました。ポッポがぼんやりしている間に、話がまとまったようです。デーデの目にガッツとパッションの炎が燃えています。

「やるポー!!」


 その日から、クロちゃんによる特訓が始まりました。まずはルックスからです。元あった羽根を抜き、代わりにカラスの羽根を拾い集めて全身に植えました。のどのオレンジ色の羽根はどうしても調達できなかったので、それは本当のツバメになってからということで後回しです。羽根を抜いて植え替えるのはとても痛そうで、ポッポには見ていられませんでしたが、デーデはついに我慢し通しました。ただ、どうしても体が大きいため、ツバメというより「空飛ぶペンギン」のようになってしまいました。

 羽根の衣更えと並行して、飛行訓練もしなければなりません。ハトのようにのんびり飛んでいては、とても長距離の渡りはできないからです。

「風上に頭を向けるニャ! 風をつかんだら上昇、上昇! 気流の切れ目で急降下して加速! 地面すれすれで引き上げて滑空ニャ!」

 さすが元鳥類。クロちゃんの特訓はとても厳しいものですが、的確でした。デーデは初めて巣立つヒナの気持ちになって、懸命に練習しました。

「ポーーーーッ!!」
「おまえはツバメニャ! 最速のツバメニャ! 最大・最強のツバメニャ!」
「デーデはツバメ! 最速ッ! 最強ポ!」
「ポーポーいうニャっ!」
「…デーデは最速バメっ! 最速バメっ!」
「そうニャ! 最速ニャッ!」

 ツバメは南方に渡る渡り鳥なので、外国語の勉強も一応しておこうということになりました。

「Pop Pop Poooo! Heart Pop Pooooo!」

 講師はポッポです。

「パッパップァァァァ! ヘェアート パップァァァァ!」
「Repeat!」

 ここはポッポも心を鬼にして、厳しく指導しました。季節はすでに5月も半ば。ツバメたちは恋愛・結婚・巣の新築・出産・育児と、一生のイベントが、ツバメなのに「目白押し」で忙しそうです。もたもたしていたらすぐに秋です。デーデは急いでツバメにならないと、渡りに間に合いません。

「レフトターン!! レフトターン!!」
「My name is Dede!」

 通学路の橋の横の土手で、黒ネコと野バトが空飛ぶペンギンに向かって鳴き続ける光景が、何日も何日も続きました。


 そろそろ夏も終わりです。ポッポとクロちゃんは、いつもの橋の欄干の上にいました。澄み切った青空を見上げると、デーデが今までの練習の成果を披露しています。トリプルアクセルからイナバウアーまでは無事に成功しました。そしていよいよ、最大の難所にさしかかります。デーデが本当にツバメになれたならできるはず…。ポッポは息をのんで見守りました。

「ツバメ返しッ!」

 デーデの掛け声が響きます。ほんの一瞬、太陽の中を黒い影がよぎったかと思うと、次の瞬間にはポッポとクロちゃんの目の前にデーデが舞い降りていました。

「……!!」

 ポッポとクロちゃんは、あっけにとられてデーデを見つめるばかりです。デーデはなにもいわず見つめ返します。黒い顔の中で、丸い目が輝いていました。

「…よくやったニャ。誰が見ても立派なツバメだよ」

 クロちゃんがデーデの肩をポンと叩きました。苦しい特訓のため、ダイエット効果でデーデはすっかりスマートになっています。もう、誰もペンギンとは思わないでしょう。

「デーデ…デーデ…」

 ポッポは胸が詰まって、それしかいえません。

「ポッポとクロちゃんのおかげでデーデはツバメになれたっチ」

 いつのまにか、すっかりツバメ言葉が板に付いています。この日のためにみんなで頑張ってきたはずなのに、ポッポは急に悲しくなって、泣き出してしまいました。

「デーデ! ポッポはいやポーッ! デーデがいないと、いやポ…デーデ…」

 最後は言葉にならず、両方の羽根で顔をおおってめそめそするばかりです。デーデはなにもいわず、ポッポの頭をくちばしで軽くコツコツとつつきました。

「…ヒック、ヒック」

 コツコツ。

「いやポ…」

 コツコツ。

「さびしいポ…」

 コツコツ。

「……」

 ポッポは、泣かないように一生懸命我慢しました。駄々をこねてデーデを困らせてはいけないと思ったからです。涙をぬぐって、デーデにお別れをいおうと思いました。

「デーデ…」

 そのとき、鋭い鳴き声が辺りに降り注いできました。

「チッチッチ!」

 ツバメたちです。見上げると、デーデとポッポとクロちゃんのはるか頭上を、たくさんのツバメの群れが、鳴きながら乱れ飛んでいます。「渡りに行くぞ、仲間たち、出発だ」と呼びかけているのです。

ツバメになったハト

「仲間たちが呼んでいる…もう行かなきゃいけないチ」
「デーデ…」
「もう泣くなチ。来年の春になったら帰ってくるっチ。そのときは南の国のみやげ話を聞かせてやるチ」
「必ず帰ってクルックー!」
「もちろんだっチ!」

 デーデはクロちゃんに向き直ると、ぺこりと頭を下げました。クロちゃんは何度もうなずきました。デーデはもう一度ポッポの方を見てから、さっと舞い上がりました。

「ポッポ! デーデはハトに生まれてよかったっチ! 今はツバメになれてうれしいっチ!」

 上空で旋回して待機していたツバメたちの群れに、デーデの姿が混じっていきます。今年生まれた幼いツバメたちが、面白がってデーデの回りをくるくる回るのが見えました。

「デーデ!」

 ポッポは叫びました。

「ハトにあってツバメにないものが分かったポ!」

 ツバメたちは編隊を整えると、進路を南に向け、徐々に遠ざかっていきます。

「帰ってくる寝ぐらポ! 旅の渡り鳥にはないポ! でもデーデにはポッポと橋の下の寝ぐらがあるポ!」

 ツバメたちの姿がどんどん小さくなり、空に吸い込まれていきます。

「ポッポはいつまでも、この橋の下で待ってるポ…」

 もう、見えなくなりました。

「デーデ…」

 ポッポとクロちゃんは、いつまでも南の空を見送っていました。


 それから毎年春になると、一番乗りのツバメが橋の下にやってくるようになりました。このツバメはなぜかいつも白いハトと一緒で、夏の終わりに旅立つときは、いつも最後でした。ツバメはハトの回りを何度も旋回しては、名残惜しそうに南の空に飛び去っていきます。来年の春にも、きっとこの橋の下に帰ってくるでしょう。

ツバメになったハト

(おわり)


 なぜか突然、童話。なにがしたいのか、自分でもよく分かりません(^^;。しかも挿絵がすごい手抜き。まあいっか(笑)。

 そもそものきっかけは、お人形の小説です。実はかなり以前から「サアラやリセの出てくる小説が書きたい」と思っているのですが、アイデアがまとまらず、執筆にいたっていません。いきなりそれは難しいので、まずはもっと簡単なところから始めたらどうだろう? 動物が主人公の童話とか。…などと考えながら、職場の窓から飛び込んできたハトがほうきで追っ払われる光景を眺めていたら、突然閃きました。ツバメならもっと大事にされるよなあ、と。←このハトは、しばらくバタバタやったあと、いつのまにかどこかへ行きました。

 最初の10分くらいで、おおまかなあらすじと「デーデ」「ポッポ」の名前が決まりました。つぎの30分くらいで詳細な展開が決まり、具体的な文章もこの段階でかなり脳内執筆が進みました。その後、クロちゃんを追加し、笑いどころのセリフ回しを考え、全体像がほぼ出来上がるのに1時間くらいかかった気がします。最初の閃きからほぼ完成まで約2時間? 正確に時間を計ったわけではありませんが、あっという間に出来上がった感じです。いつもこうだといいんだけどなあ! ←仕事に専念しろ。

 しかし、いざテキストを打ち出すと、ものすごく時間がかかりました。脳内では完璧に出来上がっていたはずの文章が、実際に書き出してみるといろいろおかしい。てにをははもちろんのこと、現在形とか過去形とか、句読点の位置とか、セリフとト書きの前後関係とか。登場人物のセリフがある文章って、難しいですねー。現実逃避して、ブックオフに小説を買いに行っちゃいましたよ。

 ぶっちゃけた話、童話としては相当に稚拙だと思います。少なくとも子ども向けではないよなあ(笑)。でもまあ読者の方には、数日間、それなりに楽しんでもらえたのではないでしょうか? 書き進めるときに特に注意したのは、「ワンダー」を入れることです。「ハトがツバメになれるの!?」「疑問もなく進んでいく!」「新キャラがカラス→黒ネコ!?」「ハト→ツバメの方が難しいって、なぜ!?」とか。理由なんかなくて、そういうもんだ、と割り切って進行しています。「この世界ではそういうもんだ」こそが、あらゆるお話の肝だと思います。実話でも空想でも、聞き手の予想を裏切る展開、聞き手が思いも寄らない出来事こそ、興味を引くというものです。通り一遍のよくあるお話なら、「ふーん」と納得はしても、「なるほど、そういうことか!」と感心はしませんよね。読者を裏切りつつも共感を得る。それは単に技巧の問題ではなく、突飛な妄想を説得力で押し切る熱意の問題、かなあ…?

 サアラの出てくる小説も、なんかこう、突き抜けたアイデアが閃いてくれれば書けそうな気がするんですけどねー。


【ツバメの豆知識】 2006/7/2追記

 書こう書こうと思いながらすっかり忘れていたので、今さらですが(^^;。

■ツバメは足腰が弱い
飛ぶことに特化しているせいか、ツバメは足腰が弱いそうです。スズメのように地上をピョンピョン跳ねることができません。上記の童話では「飛行しながら泥をすくう」かのように書いていますが、実際は着地してヨタヨタしながら泥をすくうそうです。そのときのツバメはかっこ悪い(笑)。
■ツバメの世界もルックス
しっぽの長いオスほど、モテるそうです。ツバメの世界もルックスのいいヤツが勝ち。なぜしっぽが長いほどいいかというと、病気にかかると尾羽が傷むなどして、しっぽが短くなりがちだから。つまり、しっぽが長い=病歴がなくて健康、というわけ。合理的〜。

【オマケ】 2007/3/31追記

 ハトの歌。妙にクセになる(笑)。


 ニコニコ動画のアカウントがある人はこちら。

トップページへ戻る