人形は人の願い

1999/5

 ボークスの素体「エクセレントAタイプ」の頭部を観察して気付きました。これ、わざと左右非対象の表情に作られていますね(例えるならブギーポップの笑った顔(^^;)。大小合わせていくつか購入した頭部が全部そうなっているので、間違いありません。

 よく見ると口の右端は上がっており、左端は下がっています。だから、右から見ると笑った顔、左から見ると仏頂面に見えます。なんだか能面みたいです。

 日本古来の芸能である「能」。その役者が付けるお面を「能面」といいます。多くの人には白い顔のお多福(というのかどうかよくは知らない)が真っ先に連想されるのではないでしょうか。能面は当然作り物であるがゆえに、表情が変化しません。ここから転じて、無表情な顔を「能面のような」と形容したりします。今時はあまり聞かない言い回しですけどね(^^;。ところが、能の世界には独自のお約束があり、能面はその左右で表情が違うことになっているのです。

 どっちがどっちだったか忘れてしまいましたが、右を向いたら喜び、左を向いたら悲しみといった具合に表情が決められているのです。実際に能面が左右非対象かどうかは知りませんが、芝居の中で役者が客席に対して向いている方向で表情が決まっているのです。これはつまり能の文法であり、これを知らずしては能を見ることもできません。…確かそうだったはず(^^;。

にこっ …… むすっ

 ボークスの造形師が人形の顔のデザインに能からヒントを得たとは思いませんが、共通な「お面」の法則を感じます。ひとつの顔にいくつもの表情を持たせようとしていることです。

 向きによって喜怒哀楽を演じ分ける「能」。しかし、どちらを向いたからといって、面は笑いも泣きもしません。なのに、役者の舞と動かぬ面の組み合わせの中に、登場人物の心の機微を見いだそうとすること、これは、魂のないものに魂を宿らせようとする人の性(さが)の一端を示しているようにも思えます。きっと、すべてがうつろう中では、ただ人ならざるものだけが人の魂を伝えていくのでしょう…。そう考えて改めて人形を見つめると、自分の中にいる誰かの姿が二重写しになって見えるような気がします。どマニアなお人形道にも、人の心の根底に流れる、永遠で普遍的な魂への憧れがあるのではないでしょうか。そして、これこそが原初の愛の形であると信じます。

 ……よしっ、これで許される(^^;。

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