海外就職の夢

1999/6

 本人が見たらなんか言うかもしれないけど、今回は弟のことをネタにします。

 僕の弟は洋風居酒屋の店長をしていたのですが、親会社の方針によって閉店することになりました。それならばとその会社は辞めてしまって、今は海外就職の道を模索しています。海外留学ならまだしも、海外就職! やけに飛躍した話ですが、よく聞いてみると、本物のイタリア料理を会得したいとのこと。今の自分の料理には疑問と不安があるので、本場に行ってどこかで働きながら技を磨きたいのだそうです。うーん、そうは言ってもだなあ…。

 知人にあたって、なにか助言をもらえるようなキャリアの持ち主はいないか探してもらったところ、いました。名古屋で五指に入るイタリア料理店の関係者と知り合いの人がいるそうです。話がわかりづらいので、登場人物を以下のように表記します。

僕の知人=Aさん(会社の先輩)
Aさんの知人=Bさん(料理とは無関係な仕事をしている)
Bさんの知人=Cさん(この人が有名イタリア料理店の関係者)

 まずは話を聞いてもらって、意見を聞かせていただこうということで、僕と弟とAさんとBさんの4人でファミレスで食事をしました。残念ながらCさんは急な用事で来れなかったのですが、結果的には好都合でした。

 まず、なぜイタリアに行きたいのかというところから話は始まるのですが、本物のイタリア料理は現地に行かなくては学ぶことができないからと弟は言います。しかし、失業率が10%を超えているような国で、外国人がそうやすやすと働かせてもらえるわけはありません。弟としては現地の料理学校に通いつつ、なんとか生活できる程度の収入を得るか、あるいは低収入でもいいので現地の料理店で働く方法を考えているところでした。

 Bさんは海外出張もたびたびという人で、イタリアの事情にも詳しく、料理の世界についてはCさんから詳しく聞いてきたということで、予想通りなかなか厳しい話になりました。イタリア語の日常会話すらマスターしていない日本人が働かせてもらえるわけはないということは、逆の立場で考えれば一目瞭然。日本語の話せない外国人を雇ってくれる会社なんてないし、弟の居酒屋だってそれは同じだったはず。また、仮に雇ってもらえたとしても、これから料理を勉強しなければならない状態では、まず皿洗いからスタートであろうし、低収入というよりほぼ無給で18時間労働が当たり前、ただし食事と寝るところは与えてもらえる、いわば住み込みの丁稚奉公が関の山。ビザのことを考えると実現の可能性は低く、なにより勤め先のコネがない。ほとんど不可能で、無茶な話である。そうまで言われて弟は腕組みしてしまいました。

 そもそも日本人の弟がなぜイタリア料理なのか。本人が言うには、これは巡り合わせもあったようです。最初に勤めた店がパスタの店で、そこでフランス料理の心得がある人からパスタを教わったそうです。しかしパスタと言えばイタリア。自分が教えてもらったのはアレンジされたものではないかという疑問があるそうです。さらに言えば、自分が今まで覚えてきたことは本当に正しいことなのだろうかという不安が拭えないのだそうです。だからイタリアに行って勉強したいのだと。

 しかし、イタリアに行かなくてもイタリア料理の勉強はできるのではないか。名古屋でも屈指のイタリア料理店に入ることができれば、現地で学んできた人に教えてもらえる。日本では水も素材も違うから「本場の味」とは違うかもしれないが、イタリア料理の料理人として腕を磨くことができるはず。くじけずに続ければ、あるいは独立の道もあるのではないか。

 この提言に弟は頑として抵抗しました。日本風のイタリア料理ではなく、本物を会得したいのだと。本物を極めてからアレンジするのならともかく、最初から日本風では意味がないのだと。

 こうなると話は抽象的な世界に突入します。芸術としての料理を追及したいのか、エンターテイメントとしての料理を目指すのか。横で聞いていた僕は「では聞くが士郎、お前にとって料理とはなんだ」と、海原雄山のようなことを考えてしまいました。ここに弟の理想と、Bさんの助言する現実の食い違いがあるのです。

 日本の料理店なら言葉も通じるし給料も出る。働きながら腕を磨いてイタリア語の勉強もしておけば、いずれ社長から推薦状をもらってイタリアに修業に行かせてもらえることもある。今成功しているイタリア料理店の社長や料理人はほとんどみんな、若い頃そうやってきた。遠回りなようでもそれが一番確実で、結局一番近道ではないか。一足飛びにイタリアに行きたいというのは焦りすぎだ。最終的に自分がなにをしたいのかよく考えて今の行動を決めるべきではないか…。

 目標をきちんと定めて、今何をすべきかを考えなければならないというBさんの言葉は、傍で聞いている僕にも耳の痛い話でした。「自分はなにをしたい?」と問われて即答できる人は少ない、自分のやりたいことがあるだけ弟さんはいい、とAさんは言ってくれますが、そうかもしれません。自分はなにがしたいのか。そのために今なにをすべきか。たかが料理の話から、その場にいた我々4人はいろんなことを考えさせられました。

 結局、9月頃にでもイタリアに観光旅行に行って、現地の空気と食事を味わってきてはどうか。それまではイタリア語の勉強をしつつ失業保険で食いつなげばいい。イタリア料理店の求人なんてほぼ皆無だから、職安もストレートに支給してくれること間違いなしだし(^^;…ということになりました。イタリア旅行をして自分の気持ちが固まれば、場合によってはCさんを紹介するだけは紹介してもいい、そのときは面接ということになるだろう、とBさんも言ってくれました。そう思うと、今日はCさんに会えなくてよかったという気がします。

 腕組みして考えていた弟も、「もっと表面的な話で終わるかと思っていたが、予想以上にためになる話が聞けた」と言って帰って行きました。スチャラカ社員の僕(とAさんも(^^;)にとっても、それは同じです。自分は何をしたいのか。真面目に考えなければなりません。

【つづく】

トップページへ戻る